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1988年モノポリー世界チャンピオンのインタビュー書き起こし

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2008年頃に「VOICE WAVE」というネットラジオの企画で1988年モノポリー世界チャンピオンである百田郁夫さんへのインタビューがありましたが、先日確認したところサイトが無くなっていましたので私個人で書き起こししておいたものを掲載します。

 

 

インタビュー1 世界大会は通訳さんのレベルが左右しますね
百田郁夫(以下百)「今はフリーでゲームのプロデューサーをしております。それが本業で、ゲームといっても今でしたらDSみたいなテレビゲームから例えばボードゲーム・カードゲームですね、それと玩具、そういうものを製作させていただいております。遊びのほうではモノポリー協会の副会長や、日本ルービックキューブ協会の事務局長をやらせていただいております。」
インタビュアー(以下イ)「まず、百田さんにお伺いしたいのですが、モノポリー協会というのは具体的にはどんな活動をやられているのですか。」
百「一番メインになるのは、日本選手権を毎年一度秋*1に行っているのですが、それを頂点とした予選*2を各地域でやらせていただいているというのと、東京と大阪ではモノポリーナイトとかモノポリーライトとか名前があるんですけども、そういう月例会的なものをやらせていただいております。」
イ「その日本選手権の大会は何か所ぐらいで(どんな)予選をやるのですか。」
百「(予選方法が)2つありまして、1つは各地域にモノポリークラブがあり、そういうところで行われる大会の優勝者には日本選手権にご招待するというシード権を差し上げています。*3もう1つは協会が主催する予選会を日本選手権の2か月前くらいに行っています。」
イ「毎年の大会参加者はどれくらいいるのですか。」
百「大雑把にいえば1000人から1500人くらいになります。」
イ「大会には百田さんも参加されるのですか。」
百「私は世界チャンピオン経験者ということで(永久)シードとなっていますので(協会主催の地区大会に)出ないんですけど*4、各地域のモノポリークラブ主催の大会には出ても構わないということなのでたまに出場させていただいております。トーナメントプレイヤー的にはセミリタイアなんですけど。」
イ「いま世界選手権優勝というお話が出たんですけども、世界チャンピオンには何回かなられているのですか。」
百「いえ、四年に一度ぐらいに世界選手権があって、1988年に優勝して次の1992年のベルリン大会にはディフェンディングチャンピオンとして出させていただいてその時は残念ながら準優勝になっています。私が世界選手権に出たのはその2度ですね。」
イ「1988年の世界選手権にはどういった経緯で出場されたのですか。」
百「それは日本で代表決定戦みたいなものがあって、25名ぐらいの決勝戦だったかな、それで優勝して代表になったということです。」
イ「参加国というのはどれくらいでしたか。」
百「それは毎回違うんですども、私の時は確か28か国ぐらいでしたか。」
イ「28か国も。」
百「ただ最近は少し増えていますね。2000年に東京で世界選手権が行われたんですけど、そのときには40か国近いところから来られてたのではないでしょうか。」
イ「それだけ参加国が多ければ当然言語も違うわけで、英語でプレーするということですか。」
百「基本が英語ということとなっていて、通訳をつけることができるということになっていますけれども、通訳をつけると少し不利ですね。さすがにネイティブ・スピーカーが雑談的にしゃべる事をいちいち場をストップさせて『あれ、今なんて言ったんだ?』みたいなことを言っていられませんから、ネイティブ・スピーカーのほうが得だなと思ったことはありますね。」
イ「モノポリーというのは交渉がキーになってくるじゃないですか、それだと英語力があったほうが確かに得といえば得ですね。」
百「得でしょうね。ただほんの少しですね。」
イ「百田さんは英語はお得意ですか。」
百「いや、片言ですね。」
イ「それでよく優勝されましたね。」
百「それはね、日本で行われているゲームの交渉のほうが相手の立場を分かってもらって、この場のシチュエーションを説明するというような細かいものがあるんですけども、海外のモノポリーは割とシンプルでですね、それとバンカーさん、いわばジャッジもですね、オファーをすぐ出せ、イエスかノーかといったシンプルなものにさせますので、そういう意味では英語力というのはあまり必要ないですね。ただ、『あなた、それじゃあ勝てないでしょう』といったことを説明しだすとさすがに英語力は必要になるでしょうね。ですから変な話ですけども通訳さんの英語力のレベルとか、極端なことをいうと通訳さんがこちらの意を解してあることないことじゃないけど色々なことを積極的に通訳してくれることのほうがありがたいですね。」
イ「では、むしろ世界大会のほうが戦いやすいというのはあるのでしょうか。」
百「こう言ったら失礼ですけど、レベル的には日本のほうが高いんですけれども、色々な国の人が来てて色々な違うモノポリーをやってる、価値観とか全然分からないでしょう。そういう人といきなりやって、納得して取引するっていうのが一番大変ですね。」

 

インタビュー2 発売当時からすでに完成されてたんです
百「日本ではモノポリーというのはあまりファミリーゲームとはいいにくいですよね。家族四人、五人でやっているというようなものではなくて、今のところは学生さん以上の方がトーナメントゲームとしてやっているという色彩が強いのでモノポリーはトーナメントゲームとして発達していますね。でも、欧米諸国では相変わらずファミリーゲーム的なところがありますので、世界大会でも権利書が全て売り切れるまでひたすらダイスを振り続けているという例が多いです。ひたすらダイスを振り続けていたら高い土地を買っている人が有利なんですよ。どんどんお金が増えてバブル経済になっていけば高い土地で勝負したほうが簡単に勝てますから。でも日本人は、安い土地を買っている人は早く動かなきゃ損だと思っていますから、売り切れてなくてもどんどん交渉を始めるんですけども、世界大会では往々にしてそういう風に交渉を始めると笑いが起きる。何で売り切れもしてないのに交渉を始めるんだ、と。そういったすごいギャップがありますね。」
イ「なるほど。でもそれは面白いですよね。」
百「だから、上手く説得できれば勝てるんですけどね。相手がたくさんいるゲームですから…」
イ「なかなか乗ってこないですか。」
百「乗ってこないです。乗ってこないです。非常に乗ってこないです。」
イ「ただ、そういった競技モノポリーのテクニック的な側面というのはすごく日本のほうが高いんですけども、例えばモノポリーというゲームに対する注目度というのは…」
百「天と地ですね」
イ「すごいんでしょう。世界(の注目度)というのは。」
百「ええ、向こうはファミリーゲームで小さなお子さんまでやられていますからね、日本とは本当に扱いが違います。私も優勝したときにですね、実はもう怖くて逃げて帰ってきたんですけども、アメリカの三大ネットワーク、ABCだったか忘れましたけれども、朝のワイドショー的なところにライブで出てくれと言われたんですよ。さすがに私のつたない英語でそんな所に出たら、また日本人が叩かれるなと思って遠慮しましたけれども、あれは恐ろしかったですね。」
イ「でも、それぐらいすごいんですよね。先程言われたみたいに家庭ゲームの王様として定着しているか否かというのは大きいのですか。」
百「大きいですよね。それと日本は碁とか将棋とか麻雀とか面白いゲームが他にもありますし、モノポリーというのは4人から6人でやることが多いんですけども、日本で4人から6人集まる機会が欧米とかと決定的に少ないのかなという気がしますね。」
イ「日本人ってあまりホームパーティーとかやらないですからね。」
百「バブル期の頃のほうがそういうチャンスは結構ありましたからね。」
イ「バブル期の頃のほうがモノポリーは盛り上がっていたんですか。(笑い)」

百「アメリカだと普通に100万セットずつ毎年売れるわけですけどね、全然違いますね。」
イ「それだけのモノポリーが世界中の人々に愛される理由とは何だと思います、百田さん。」
百「そうですね、不思議ですね。やっぱりね、私は職業がゲームを作る仕事なんで、お金をたくさん集めて全員破産させて自分だけお金を持つというフィニッシュはやっぱりいいんですよ。楽しいんですよ。他のゲームでいいますとね、『信長の野望』なんていうのはね、何がいいのかというと自分の領土がピンク色で表されているんですけども、それがどんどんどんどん広がっていって、日本全国ピンク色でフィニッシュできる、これがやっぱり気持ちいいんですよね。だからね、モノポリーが売れると類似商品が出てくるんですけどね、中には真っ先にお金を使い切ったら勝ちといったゲームがあるんですけども、やはり売れないんですよ。それはね、使い切って勝ちなんていうのは楽しくないんですね、目標として。それよりも、ゲームってのは言ってみればほとんどがシミュレーションで、碁も陣地をとるゲームですし、将棋も戦争のゲームでしょう。何でもシミュレーションゲームで自分が体験できないことをできるのがゲームの面白さですよね。よく言われているモノポリーというのは世界恐慌のときにアメリカのチャールズ・ダロウという人が失業していて、夢も希望もないけれどせめて盤上で楽しもうみたいなところから出てきたという、これは正しくないと言われているんですけども、そういう説もあります。*5

イ「でもその説は説得力はありますよね。」
百「せめてゲームの上でも大金持ちになりたいなっていう夢をかなえることができる、というのが大きかったのではないのでしょうか。それと、モノポリーというのはものすごく新しいゲームなんですよ。1935年にメジャー発売されて、今70年ちょっとですけども、他のゲームと比べると他は400年とか1000年だとかなんですよ。70年っていうとごく最近産まれたゲームなんですけども、珍しくメジャー発売されたときにはほぼゲームとして完成していたといえます。」
イ「では、その後の改良というのはほとんど加えられていないんですね。」
百「加えられてないです。発売前に改良はあったみたいなんですけども、発売されてからはないですね。*6それはどんなヒット作にもいえることなんですけども、偶然よかった、ということでしょうね。きっと他のヒット作でもそうなんですよ。例えばインベーダーでもそうですけども、たまたまこんなバグ技があって面白かったとか。やっぱりね、人が作れる10点満点で9点のものを作ったら、たまたま風が吹いて10点目がきた、みたいなことがヒット作になるんだと思いますよ。」

 

インタビュー3  交渉すれば交渉するほど得なんです
イ「先程から競技モノポリー、家庭モノポリーといった住み分けのようなものがあるのですけども、その違いというのは何か百田さんの中では…」
百「いや、違いはないんです。例えば人生ゲームはファミリーゲームですよね。でもこういうことを言ったらまた怒られるかもしれないけど、人生ゲームは残念ながら競技向きではなかったんですよ。ファミリーゲームであったモノポリーがたまたまコアなゲームユーザーの鑑賞とかプレイにたえうるだけのゲーム性があった。競技としても結構大したものだということがたまたまあったということだと思いますね。」
イ「最初の発想は家庭用だったのだけれども、競技にも成りうると。ゲーム自体にタフさがあったんですよね。」
百「それと、ダイスを振るゲームですけども、運の要素はそう大きくはなくて、結構技術的なものがあるということが分かってきたんですよね。」
イ「ただ、競技モノポリーという観点から言うと先程から出ている交渉術というものがキーになってくると思うんですけども、やっぱり僕らみたいなそんな深いプレーヤーじゃない人がやるとすぐにケンカになるんです。この間僕はモノポリーナイトに参加させてもらったんですけども、やっぱり何が驚いたかというと交渉術のスマートさなんですね。あれは何かコツがあるんですか。」
百「それは今おっしゃたようにね、ケンカになるような場合や膠着してしまうという場合も、皆さんが初心者の間とか例えばものすごく限られたコミュニティでしかやっていないところでは往々にしてあるんですよね。でも皆さんのレベルが上がってくるとモノポリーというのは交渉したら得だということになっていますから、例えばですけれども端的に申し上げますと、2人が鉄道1枚ずつ持っていて25ドルずつしか収入がないものを交渉することにより、一方は権利書を購入することによってこれからの収入が50ドルに増えて、もう一方は200ドルで買ったものを400ドルで売って利益が出るというメリットが両方にある。両方のプレイヤーにメリットがあるということは他のプレイヤーにしてみれば、今まで止まっていた鉄道のレンタル料が2倍になるということは不利ですよね。ということはこの交渉をした2人というのは得しているんですよね。このようなことがほとんどの場合よほど変な交渉でなければ、交渉するということはプラスなんだなということが分かってくると交渉も前向きに進むんですよ。」
イ「では交渉することが他のプレイヤーより優位に立てることを見出せればいいんですね。」
百「そうです。ですから私はいつも申し上げているんですけども、例えばモノポリーでボッタクリにあったみたいなことを言われるんですよね。確かにだますと良くないんですよ。商売と同じで二度と取引してもらえなくなるんですよ。だます必要はない。利益はフィフティ・フィフティでいいんですよ。フィフティ・フィフティの交渉1人にすればメリットは1、2人にすればメリットは2、3人にすればメリットは3。この3人のメリットは1ずつ、私は3。すると私が一番得していることになりますよね。だからいい交渉をフィフティ・フィフティでいいからたくさんやって、できるだけ上手くまとめるほうが勝ちやすいということですね。」
イ「なるほど。なんか就職するときに変なセミナーとか受けるよりもモノポリーをやったほうが身のためになるかもしれませんね。」
百「こういうのも何ですけども、性格も出ますし、経営とかの才能もものすごく出ますね。だから、私はどこかで研修でぜひやってもらいたいのは、モノポリーを知らない人ばかりを集めてきて、初日にルールブックを渡して簡単な説明をして、一晩ルールブックを読んで自分なりに方針を立ててもらって、次の日ゲームをする。その後は解説みたいなことで立派な研修になるんじゃないかなと思っているんですけどね。」
百「だからね、今高いお金を払ってビジネスゲームをやらなくても3000円のモノポリーで十分かなという気はしますね。」
イ「ですよね。面白いですね。やっぱり深いですよね。」
百「深いですね。うまく安い土地から高い土地まで並んでいますよね。しかも最初に1500ドル持ってますよね。これがゲームが終わる頃にはそんなに増えてなくて1500ドルが2000ドル平均になる位なんですよ。でも1500ドルと2000ドルという持ち金が、ちょうど1500ドルの時が安い土地が有利、2000ドルになると高い土地が有利と、うまいこと自然に動いていくんですよ。それを計算ではなしに感覚的に察知できるのが面白いですね。その、糸井(重里)さんがね、糸井さんというのは典型的なアナログ人間なんですけども、糸井さんがお好きだったというのはやはり私もそうなんですけども、記憶力とか計算能力があまり必要でないゲームだったからなんですよね。モノポリーはゲームが始まっているときは昭和20年ぐらいの、ゲームが終わる頃は平成元年ぐらいの金回りなんですよ。ですから、終盤はアパート経営ではなくて土地買ってドーンとでかいオフィスビルを建てた方が勝ちやすいな、みたいなことを感覚的に分かることが大事で、例えば、相手の持ち金を100ドル、200ドル計算間違えていたよりも自分が経営するカラーグループを間違えるほうが勝ちにくいですね。」
イ「己を知らないといけないということですね。」
百「5人でマラソンをやっているとして、その時々で自分が何番手を走っているかというのを分からなければならない。端的に言いますと、大金持ちが郊外でアパート経営をしていたのでは勝ちにくい、一方でですね、ちょっとした小金持ちが丸の内に10坪だけ買いました。でもお金がないので建物を建てられません。しょうがないからパーキングにしてます、みたいなのでは勝てませんよね。小金持ちなんだったら10坪だけ買わずに郊外でアパート経営をしたほうがよっぽど実入りがあるわけで、アパート経営に成功すればマンション経営、どんどんうまくいくと丸の内にビルが建つかもしれないですよね。」
イ「いやあ、面白いですねモノポリーは。」
百「それとね、モノポリーというのはトップの人を放っておくとどんどん走っていって姿が見えなくなるんですよ。こうなると捕まえられないんですよ。だからね、皆さん強くなったなと思うのは、自然にトップの人を叩く戦略を全員がとってトップの引きずり合い。昔は単調なゲームだったんですよ。誰かがパークプレースとボードウォークを自力でとって家を建てました。一軒ずつ建てて入っても(最大で)200ドル。もう一軒建てました。これの繰り返しで家が建ち、誰かが1400ドルに入ってしまったということであっさりゲームが終わることが多かったんですけれども、最近はもう全然。一筋縄では勝てなくなったんですよ。何故かというと、例えば5人いて誰かがボードウォークの1400ドルに入っても、残りの3人が無傷ですよね。お金を足さないまでもこの人たちはどこかを経営できるんですよ。さらにもう1人やられても残りの2人は現金を合わせれば何とかトップを叩けるだけの土地を経営する、というふうに連合軍を組みましてなかなか簡単に勝たせてくれない。私が世界チャンピオンになった時からもう20年になりますけど、まあ正直楽に勝てましたね。(笑い)」

 

インタビュー4 出目を信用すると、逆に悔いが残りますよ
イ「百田さんがモノポリーを実際にプレイしだしたのはいつ頃ですか。」
百「私は恥ずかしながら、小学校の頃はバンカースばかりやっていたんですよ。ですからモノポリーツクダオリジナルの企画に入って日本でモノポリーを生産するときが初めてなんですよ。」
イ「それは何年ごろですか。」
百「1984年位ですね。」
イ「1984年に初めてモノポリーをやったのに88年には世界チャンピオンになられたのですか。その4年間に百田さんの中で何が起こったのですか。」
百「その頃はレベルが低かったからですね。でも今でもね、半年、一年勘のいい人がやれば簡単にトッププレイヤーになれますね。」
イ「でもその4年間で相当のめり込んだのではないのですか。」
百「いや、そうでもないですよ。それよりも1988年に世界チャンピオンになってから次の4年間のほうがのめり込みましたね。だから1992年は自信満々で行ったわけですよ。4年前より遥かに強くなっていると思ってね。それで勝てなかったのでね、あの時はショックでした。」
イ「それはどうやって負けたのですか。」
百「決勝には残りましてね、最低だったんですよ。初手1・3で所得税を払いまして、その次に7を出してセントチャールズプレースに止まったんですけどすでに買われていて、私は結局そのゲームでは自力で水道会社1枚しか買えなかったんですよ。」
イ「それはちょっと辛い展開ですね。さすがに水道会社1枚だと百田さんの交渉術をもっても逆転は無理なんですかね。」
百「相手が強かったらありえます。相手が強いとこちらからいいオファーを出せば、それに乗るからいいんですよ。例えば勝ち目が1%もないだろうという人に『あなた、このままでは勝てないでしょう、私がこれをいい値段で買ってあげますからそのお金で家を建てなさい。』みたいなことを交渉しても拒否されることもあります。それともう一つはですね、相手が世界チャンピオンだからこんな奴の話が聞けるか、といったこともあるわけです。」
百「モノポリーは利害関係者というものがあるんですよ。例えば私が赤を1枚、こちらが2枚持っているとします。これが利害関係者なんですよ。私が赤を売る気がなかったら困りますよね。その赤2枚を私に売る気があっても私が買わなければ困りますよね。極端な話、私が水道会社しか持っていないとすると、片割れの電力会社を持っている人は私と交渉しないと損なんですよ。でも、そういう理屈も分からない人がいるとこちらがいくら理詰めでいったとしてもつらいですね。結局、私の言うことを聞かないものだからどんどん破産していって、私は土地を経営できなかったのに2位に残ったわけですよ。」

イ「百田さんが好きなカラーはどこですか。」
百「オレンジですかね。オレンジは有利なんですよ。でも、オレンジが有利だとかどこが不利だとかはみんな知っていることですから、交渉の段階でその有利不利に見合う値段で取引されるわけですから、建前を言いますと、どの色も全く好き嫌いがありませんというのが強い人の発言でしょうね。その場その場で臨機応変に立ち回って、そのときに一番有利な色をやりますというのが優等生的な答えだと思いますね。ただ、一ついえるのは終盤、やっぱり勝てる色と勝てない色というのがあるんですよ。よくあるんですけども鉄道を4つ集めてきて結構儲かったという人はですね、終盤になって『鉄道では勝てませんからこちらのイエローとかレッドとかやりませんか』と勧めても、『いや、今日は鉄道によく入るのでこのままにしておきます。』と言って勝つチャンスを逃す方が結構多いです。やはり、最後まで鉄道では勝てないです。鉄道を4つ持つという戦略もあるんですけど、これは逆転勝ちを狙う戦略でして、鉄道4つでみんなのお金を奪っていって千何百ドル得た頃には経営に失敗する人が出ますから。例えば赤が経営に失敗したというとき、『赤では将来はないでしょう、鉄道で新規まき直ししませんか。これだと200ドルの収入がありますし、まだ「次の鉄道へ行く」のカードも出ていませんよ。』みたいなことを言って鉄道を赤を交換する。こちらは赤に家を3軒オールで建てて勝ちを狙うと。一方で鉄道が儲かれば誰か経営に失敗した人と交換することをやりますね。やはり勝てる色を最後はやらないと。勝てる色というと常識的にはオレンジより上ですから。」
イ「でも、その場その場での流れとか、出目もあったりするんじゃないですか。」
百「いや、出目とかは全く信用しません。」
イ「今日はこの流れだとかいうのではないと。」
百「出目を信用すると悔いが残りますよ。やはり出目よりも優れているものは確率ですから。やっぱり一番入りやすいのは7だと。それで入らなくても悔いは残らないんですよ。確率で最も高いところを経営していて負けた場合はついてなかったで済みますけれども、確率の高いところに家を建てないで今日はセントチャールズプレースによく入っているからといってここに家を建てて入らなかったというのは単純なミスですから。悔いも残ります。」
イ「だからこそモノポリーって競技になるんですね。」
百「大橋巨泉っていう人が昔、麻雀の本を書いてて、私もなるほどなと思ったのは、その日の流れは信用する。ただし、それはどういうことかというと、中を残そうか發を残そうかというときに理論的にどちらが得かをまず考えて、どちらも同じというときにはその日ついている方を残すと書かれていたんですけども、私も基本的にはそういう感じですね。」
イ「今日はためになる話ばかりでした。最後に今後の大会の予定などありましたらおっしゃって頂きたいのですが。今年の日本選手権のスケジュールとかはどうなっているのですか。」
百「まだはっきりしていないんですけども、おそらく10月か11月に日本選手権があると思います。」
イ「日本選手権はどこでやっていらっしゃるんですか。」
百「ここ数年は中野サンプラザでやっていますね。*7
イ「それにむけての予選会というのは。」
百「もうシード権が決定したようなものもありますし、モノポリー協会主催の予選会はおそらく8月ぐらいからあるんじゃないでしょうか。まだ細かい日程は決まっていませんね。」
イ「これを聞いた方はとりあえずモノポリーナイトに一回行ってみると楽しいかもしれませんね。」
百「そうですね。私も大森の読売文化センターというところでモノポリー講習会みたいなものをやっております。そういうのに来ていただいてもきっと楽しんでいただけるだろうと思いますし、情報も入っていいと思います。」
イ「今日は大変ためになる話をありがとうございました。」

*1:2015年現在は年末や年度末などに開催日は変動している

*2:現在の地区大会

*3:2015年現在は基本的にモノポリークラブ主催の大会にシード権がつくことはありません。

*4:2015年現在はシード権および他大会で日本選手権の出場権を獲得していても出場可能

*5:モノポリーの原型となったゲームに関しては当ブログの記事『モノポリー』のルーツを参照して下さい。

*6:現在のバージョンでは所得税や物品税の額、共同基金とチャンスの一部の内容が変更されています。

*7:近年は東京以外で日本選手権が開催されることが多い傾向にあります。